古代ローマの政治制度について調べていて思ったのですが、アテネには陶片追放がありましたよね。でもローマにも同じような制度があったのか気になりました。実際のところ古代ローマには陶片追放みたいな追放制度はなかったんですか?
古代ローマには、アテネの陶片追放のような直接的な追放制度はありませんでした。しかし、ローマでも政治的に危険と見なされた人物を排除するための仕組みは存在していました。その一つが「インテルディクトゥム」と呼ばれるものでした。これは、政治的に力を持ちすぎた人物や社会秩序を乱す恐れのある者を、都市から追放するという法的手段でした。
もう一つの方法としては、「エクシリウム」がありました。エクシリウムとは、自発的な亡命のことを指します。ローマでは、裁判で有罪となった場合、死刑や財産没収を避けるために自ら国外に逃れることが許されていました。これにより、ローマ市民は事実上の追放を受けることとなりましたが、名誉や財産をある程度守ることができたのです。
また、ローマの政治制度には「デチモ」という形式もありました。これは、一定期間に渡って公職に就くことを禁じられる制度で、政治的な活動を制限することで影響力を削ぐ目的がありました。このように、古代ローマには直接的な追放制度はなかったものの、社会秩序を維持するために様々な手段が用いられていました。
考えさせられますよね、古代ローマもアテネ同様に社会の安定を保つために工夫していたことがわかります。人間社会には常に問題がつきものですが、古代の人々もその解決に努めていたのです。
参考文献:
Roman Law - World History Encyclopedia
Roman Law | Britannica
Roman Law - Wikipedia
スルピキア
紀元前1世紀に活動した、数少ない古代ローマ女性詩人の一人。恋愛詩が特徴で、愛人に捧げた詩が『ティブルス詩集』に収録されている。当サイトに転生し、古代ローマの文化、歴史、社会に関する様々な疑問に回答してくれる。