ポエニ戦争とは

ポエニ戦争とは

ポエニ戦争とは

ポエニ戦争とは、共和政ローマとカルタゴとの間で地中海世界の覇権を巡って争われた戦争です。戦いは第一次から第三次まで3度に渡って行なわれ、全ての戦争でローマが勝利しました。
この戦争を制したことで、ローマはカルタゴ領土を自国の勢力圏に組み入れ、地中海世界の覇者としての地位を確立することになりました。

 

 

ポエニ戦争の“ポエニ”とは

カルタゴは東地中海の東岸のフェニキア人が創設した植民市です。「ポエニ」とはラテン語で「フェニキア人」を意味しています。

 

第一次ポエニ戦争(前264年-前241年)

第一次ポエニ戦争に勝利したローマはシチリアを手に入れ、イタリア半島外の領土としては初の属州が誕生しました。この戦争の勝利が、最終的なカルタゴ征服の大きな足がかりとなりました。

 

第二次ポエニ戦争(前219年-前201年)

第二次ポエニ戦争は、知将ハンニバルによるイタリア侵攻に端を発する戦争で、ローマを最も苦しめた戦いになりました。ハンニバル戦争とも呼ばれます。

 

前216年カンナエの戦いでは、予想外の「アルプス越え」でイタリアに侵入してきたハンニバル率いる軍勢にローマ軍が殲滅させられています。ローマはもう少しでカルタゴに征服されるところでしたが、持ち前の持久力で踏ん張り、カルタゴが息切れで撤退していきました。

 

第三次ポエニ戦争(前149年-前146年)

第三次ポエニ戦争は、ローマとカルタゴの最後の戦いとなりました。ローマは第二次ポエニ戦争後のカルタゴの復興力や経済力を脅威とみて、カルタゴに(ほとんど不当な)圧力をかけ始めました。
そして度重なる圧力に耐えきれず、カルタゴがローマの要求を拒否したことで、ローマがカルタゴに宣戦したのです。
ローマによる3年間にわたる包囲戦のすえカルタゴはついに陥落。完全にローマの支配下に組み込まれ、国家としては滅亡してしまいました。多くのカルタゴ人が戦死し、生き残った者は全て奴隷とされました。

 

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