マリウスの軍制改革とは|無産市民を職業軍人に育成

マリウスの軍制改革とは|無産市民を職業軍人に育成

マリウスの軍制改革とは|無産市民を職業軍人に育成

前2世紀末のローマ。北方から侵入してくるキンブリ人の対応に手を焼いていました。
ノレイアの戦い(紀元前112年)、アラウシオの戦い(紀元前105年)での惨敗、ユグルタ戦争での予想外の苦戦。…ローマは国防力強化の必要性を迫られていました。キンブリ人はアルプスのすぐ向こう側まで迫っており、ローマ人の間では蛮族がすぐそばまで来ているという噂が広がり、ローマ社会に「Terror Cimbricus (キンブリの恐怖)」と呼ばれる大混乱に陥っていたのです。これ以上の蛮族の侵攻を許すわけにいかぬと、断行されたのがマリウスの軍制改革です。

 

 

軍制改革の背景

改革以前のローマの兵力といえば中小土地所有者層を中心とした市民軍でした。兵隊とはある程度のお金持ちがなれる職業で、武器も自前で購入する必要がありました。
しかし戦争の長期化で農地が荒廃し、属州から安価な穀物が流入したことで、兵力の主体となっていた中小農民が没落し、ローマの防衛力が脆弱化していったのです。。

 

軍制改革の内容

マリウスは前107年にコンスルとなると、兵力を確保すべく無産市民(貧民)を募集して採用し職業軍人として育成する方針に切り替えました。
全ての兵士に統一した武器を与え、新しい軍隊編成と再訓練を行なったのです。また退役後に兵士達に土地を与え、年金を給付するようにもしました。

 

軍制改革の影響

この軍政改革により、兵力を確保するだけでなく、貧困層を救済するという一石二鳥の効果を生み出しました。
キンブリ・テウトニ戦争のアクアエ・セクスティアエの戦いで、改革の効果は如実に現われ、イタリア領内に侵入する蛮族を一網打尽にすることができました。
一方で兵士は国家よりも将兵への忠誠で動くようになり、ローマの権力を巡って争う内乱が頻発する内乱の一世紀へと突入していくこととなります。

 

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