古代ローマのプレブス(平民)とは|パトリキとの身分闘争の末に…

古代ローマのプレブス(平民)とは|パトリキとの身分闘争の末に…

古代ローマのプレブス(平民)とは|パトリキとの身分闘争の末に…

プレブス(平民)はローマ市民の圧倒的多数を占めていた中級以下の庶民のことです。一握りの富裕層パトリキ(貴族)と対比して用いられます。

 

この記事の内容
・パトリキとの違い
・パトリキとの身分闘争
・新法成立によるパトリキとの身分差解消
・ノビレス(新貴族)の誕生

 

 

パトリキとの違い

ローマ社会において、政治的・経済的な実権はほぼパトリキにより独占されていました。
共和政初期まで、最高決定機関である元老院の議席は、世襲によりパトリキが独占していたのでプレブスに政治に参画する余地はありませんでした。

 

パトリキとの身分闘争

プレブスの中でも商工業で成功して資産を築く者が現われたり、プレブスが重装歩兵として活躍し国家防衛に欠かせない戦力になると、パトリキに対し政治参加や土地の分与など平等を求める身分闘争を起こすようになります。
最初は対立姿勢を辞さなかったパトリキですが、ローマ防衛の貴重な戦力を無下にするわけにもいかないので、しだいにプレブスに対して譲歩するようになりました。

 

新法成立によるパトリキとの身分差解消

そして紀元前367年のリキニウス法でコンスルの1人を執政官から任命するよう定められ、紀元前287年のホルテンシウス法で平民会が成立したことで、両者の身分差はほぼなくなったのです。

 

ノビレス(新貴族)の誕生

ただし結局のところ、行政に参加できるのもまた一定の財産のある一握りのプレブスのみだったので、真の共和政とは言えない状態であったことは変わりありません。一部の有力なプレブスも混在した特権階級を指す「ノビレス(新貴族)」と呼ばれる新しい概念が誕生したのです。

 

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