古代ローマ人がお風呂好きな理由|娯楽性の強い風呂文化

古代ローマ人がお風呂好きな理由|娯楽性の強い風呂文化

古代ローマ人がお風呂好きな理由|娯楽性の強い風呂文化

古代ローマにはテルマエ (thermae) 、バルネア (balnea)などと呼ばれる公衆浴場が存在し好評を博していました。

 

ローマの風呂の歴史

古代ローマにもともと公衆浴場はなく、この文化はギリシアから持ち込まれたものです。古代ラテン語の「テルマエ(thermae)」 という言葉は、古代ギリシア語で「温かい」を意味する「テルモス」に由来しています。
市民の間でテルマエの人気がでると、皇帝が人気取りのために風呂を建設するようになりました。大抵の都市に最低1つは浴場が作られていましたが、有名なのは216年に皇帝カラカラが作らせたカラカラ浴場でしょう。現在は人気の観光スポットにもなっています。

 

 

古代ローマ人はお風呂好き?

テルマエは紀元前1世紀末に初めてローマで建設され、裸や性の解放に抵抗感が薄かったローマ人には馴染みやすい文化ということもあり、まもなく大流行しました。ギリシアでは汗や汚れを流したり療養だったり実用的な側面が強かったのですが、ローマでは図書館や美術館、レストランや売店が併設されたりと、娯楽性の高いレジャー施設に変容しました。
きれい好きで、芸術鑑賞や読書、食べること、話すことが大好きなローマ人にとって、大浴場ほどこれらのニーズを一挙に満たせる施設はなかったのです。

 

貧富の差に関係なく人気

大浴場は貧富の差に関係なく利用されていました。
富裕層の人々はは奴隷を数人連れてやってきて、身の回りの世話をさせたり、体を洗わせたりしていました。また富裕層と違い、自宅に風呂が備え付けられていたわけではない庶民の間では、なおさら公衆浴場の需要は高く、重要な生活の一部になっていました。

 

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