古代ローマの主な出来事

古代ローマの主な出来事

古代ローマ時代の主な出来事

前8世紀に王政国家として成立した時は、ティベリス川のほとりにひっそり存在する小さなポリスに過ぎませんでした。それがやがては破竹の勢いで覇権を拡大していき、全盛期には地中海全域を勢力圏におく超大国へと成長することになります。そしてその為の重要な足がかりとなったの出来事がイタリア半島統一です。地中海の中心部に大きく突き出たこの半島からは、ギリシア、小アジア、北アフリカ、イベリア半島など地中海世界全域を...

内乱の一世紀とは、共和政ローマ末期の時代区分で、ローマ人同士の抗争が長期的に続いていた時代のことです。紀元前121年のグラックス兄弟の改革失敗から、紀元前27年のアウグストゥスの即位による帝政ローマの成立にまでのほぼ100年間にもおよびました。「内乱の一世紀」の背景前2世紀の末。長期化する戦争や貧富の差拡大によりローマ社会は疲れ切っていました。偏った富の再分配をしようと、様々な改革の構想を練ったの...

パックス・ロマーナとは「ローマの平和」を意味し、前1世紀末に帝政を成立させたアウグストゥス帝の時代(前27年-)から、五賢帝の時代(180年)まで約200年間続いた平和な時代のこととされています。パックス・ロマーナまでの背景前2世紀の終わりから100年以上も続く内戦のすえ、アウグストゥスが地中海世界の統一を成し遂げ、ようやく安定した時代がやってきました。争いがなくなったことで築かれた強固な防衛戦に...

軍人皇帝時代とは、235〜285年に、帝国各地で軍閥が割拠し、ローマの皇帝位を左右していた混乱の時代です。セウェルス朝最後の皇帝アレクサンデル・セウェルス帝 (在位222〜235)が殺害された後、285年ディオクレティアヌス帝の即位まで50年間続きました。ローマは無秩序状態に…軍人皇帝時代の50年間、共同統治者含め26人の皇帝が帝国各地の軍隊から乱立され、外部からの侵略(ペルシア人やゲルマン人など...

ゲルマン民族は、もともと現在のドイツ北部、デンマーク、スカンディナヴィア南部地域に居住していた民族です。紀元375年以降、このゲルマン民族が大移動を開始したことで、ローマに計り知れない影響を及ぼしました。・大移動の原因375年になり、アジア系遊牧騎馬民族フン族の略奪・虐殺といった圧力を受けたことで、逃げるように地中海世界のローマ帝国領へと侵入するようになりました。また大移動の原因はフン族の影響だけ...

地中海全域におよぶ広大なローマ帝国領は4世紀半ばに東西に分裂しました。それまで帝国領を治めていたテオドシウス1世が395年に死に、2人の息子に領土を東西に分担統治させたからです。分担統治させた理由とは紀元375年以降、北方のゲルマン民族が南下を始め、ローマ領に侵入してくるようになりました。テオドシウス1世は自分の没後、後継者争いや内紛で国防が脆弱になり、“蛮族”に国土を荒らされることを懸念し、広大...

地中海全域におよぶ広大なローマ帝国領は、4世紀半ばに東ローマ帝国と西ローマ帝国に分裂します。それまで帝国領を治めていたテオドシウス1世が395年に死に、2人の息子に領土を東西に分担統治させたためです。そして東ローマ帝国の首都はビュザンティオンに、西ローマ帝国の首都はミラノになりました。西ローマ帝国が遷都した理由東ローマ帝国の首都は同国の滅亡まで変わりませんでしたが、西ローマ帝国の首都は402年にミ...

地中海全域の覇権を確立したローマ帝国ですが、4世紀半ばに東ローマ帝国と西ローマ帝国に分裂しています。(ローマ帝国が分裂した理由も参照)さらに西に成立した西ローマ帝国は480年に滅亡してしまっています。・ゲルマン人大移動とその後の影響375年頃より北ヨーロッパに住んでいたゲルマン民族が、遊牧騎馬民族のフン族の圧迫を受け南下を開始しました。彼らはやがて地中海世界のローマ帝国領に侵入してくるようになり、...

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