カンナエの戦いとは

カンナエの戦いとは

カンナエの戦いとは

カンナエの戦いは、紀元前216年8月2日に、カンナエにおいて行なわれた、共和政ローマとカルタゴの間の戦いです。地中海世界の覇権を巡って争ったポエニ戦争における戦いの1つです。

 

ハンニバル率いるカルタゴ軍が、巧みな戦術によりローマの大軍を包囲し、これを殲滅しました。ローマが戦史最も苦戦を強いられた戦いの1つとして知られています。

 

ポエニ軍の名将ハンニバル

カンナエの戦いで特筆すべきは、カルタゴの名将ハンニバルの活躍でしょう。生涯ローマとの戦いに身をささげ、ローマ史上最強の敵として語り継がれている人物です。

 

紀元前221年、25歳にして将軍に選ばれ、以後ローマ攻略の陣頭指揮を任されます。そして紀元前218年にはアルプス超えを果たし、トレビア川の戦い、トラシメヌス湖畔の戦いでローマ軍を打ち破っています。

 

カンナエの戦い

紀元前216年、アプリア地方のカンナエ付近にて、4万のローマ兵力をその半分ほどの兵力で包囲殲滅し、ついにイタリア征服に掌握に大手をかけたのです。

 

この戦いでローマ側は7万が戦死し、1万人が捕虜となったのに対し、カルタゴ軍の死傷者は7千人程度と軽微なものでした。ハンニバルの作戦がいかに優れていたかわかります。

 

窮地に陥ったローマは、直接対決ではなく持久戦に持ち込む作戦にシフトしました。本丸のカルタゴではなく、カルタゴの周囲を攻撃し、補給路を断つことで、息切れを狙ったのです。

 

そして持ちこたえること14年。紀元前202年のザマの戦いでは、大スキピオ率いるローマ軍が、ハンニバル率いるカルタゴ軍を破り、ローマ劣勢の流れを変えることができました。

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