古代ローマのパトリキ(貴族)とは

古代ローマのパトリキ(貴族)とは

古代ローマのパトリキ(貴族)とは

ローマ市民はパトリキ(貴族)とプレプス (平民)で構成されています。パトリキは、古代ローマの血統貴族(世襲貴族)のことです。

 

王政ローマでは元老院を構成しており、王を会議で選抜していたとされています。

 

しかし前6世紀末にエトルリア系の王を追放して貴族政を成立、共和政ローマの原型を作りました。

 

「パトリキ」の語源・意味

パトリキという語は「父(pater)」 に由来しており、富を受け継ぐもの、ノブレス・オブリージュの責務を負う者という意味合いがありました。

 

プレブス(平民)との身分闘争

共和政初期では、パトリキには血統至上主義的な考えが根底にあり、プレブスを差別しました。

 

行政や宗教的行事にプレブスが関わることを許さず、土地や家畜、奴隷などあらゆる財産を独占的に所持、政治的にも経済的にもローマの実権を独占的に掌握していたのです。

 

しかし重装歩兵などの活躍でプレブスの発言力が増してくると、身分闘争が激しくなるようになり、パトリキはしだいに譲歩するようになりました。

 

防衛の要を無碍に扱うわけにはいきませんから、プレブスにも公職が解放されるようになったのです。

 

紀元前367年のリキニウス法でコンスルの1人を執政官から任命するよう定められ、紀元前287年のホルテンシウス法の平民会が成立したことで、両者の政治的権利に差はほぼなくなりました。

 

ノビリスの誕生

有力なプレブスがパトリキと融合することで、ノビリス(新貴族)と呼ばれる新しい階級も誕生しました。

 

 

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